このような生い立ちがあったのですね。
実に興味深いです。
彼は、父ジョチと、コンギラト部族の首長デイ・セチェンの娘でチンギス・ハーンの正妃筆頭であるボルテの兄、アルチ・ノヤンの娘オキ・フジンとの子である。ジョチの息子たちは総勢40人以上いたと言われているが、14世紀初頭までに子孫を残した有力な嗣子たちは、バトゥの他に長子で異母兄のオルダや、バトゥの死後にジョチ家の家督を継いだ三男・ベルケ、シャイバーニー・ハーン家などの遠祖となった五男シバン、アストラハン・ハン国とウルグ・ムハンマド・ハーンのカザン・ハン国、クリミアのハージー・ギレイ家などの祖となった十三男・トカ・テムルなど14人が知られている。
また、バトゥは長子ジョチの後継者とされていたため、祖父チンギスの命によって孫の世代を総覧する任にあった。
バトゥの嗣子たち
バトゥには4人の息子たちがいたことが知られている。サルタク、トクカン、エブゲン、ウラクチである。長子サルタクはバトゥが死去したときモンケの宮廷にいたため、モンケは彼にジョチ家の家督を認証したが、ジョチ・ウルスへ帰投する途中で病没し、かわりに4男で幼少の末子のウラクチに家督を継がせるよう勅が下った。しかしウラクチは程なく夭折し、実質的にウルスを統括していたバトゥの次弟ベルケへの家督継承が勅によって認証された。以後のバトゥの血筋は次男トクカンと3男エブゲンに引継がれ、ベルケの死後にトクカンの次男モンケ・テムルがジョチ・ウルスを相続することとなる。
また、バトゥには多くのハトゥンや妻妾がいたといわれているが、東西の文献双方でで名前が確認できるのは、バトゥの正妃筆頭であったアルチ・タタル部族のボラクチン・ハトゥン(Burāqchīn Khātūn)ただひとりである。他にオイラト部族の首長トレルチの娘であったベキ・ハトゥンがいたことが分かっている。このベキ・ハトゥンの姉妹には、チャガタイ家の当主カラ・フレグに嫁いだオルクナ・ハトゥンや、フレグの第四正妃オルジェイ・ハトゥン、バトゥの次男トクカンに嫁ぎ、モンケ・テムル、トデ・モンケの母となったコチュ・ハトゥンがいる。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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